いらない荷物も大切な荷物も手放す

高校の頃、夏休みの期間に
オーストラリア、ブリスベン
ホームステイをしました。
 
8月のブリスベンは、冬。
とはいえ、あたたかい気候が気持ちよくて、
楽園のようでした。
 
 
家の庭にコアラがいたり、
道路をエリマキトカゲが横切ったり、
 
ホームステイの受け入れ先が
僕らに新しい経験をしてほしいと
乗馬やゴルフ、
小学校の日本語の先生をさせてくれたり。
自動車の運転を初めてしました。
 
 
僕はその時、
日本で自分は、とても狭い枠組みの中に
生きていたことに気づきました。
 
そして、その枠組みは外すことができて、
 
とりはずすと、
気持ち良く生きられることを知りました。
 
 
よく「必要な荷物といらない荷物」
といういいかたをします。
 
その表現に照らしていうなら、
あの時の僕は、いらないものだけでなくて、
大切なものだって1つもない状況を楽しんだの
だと思います。
 
 
英語でコミュニケートすること自体が楽しくて、
自分を大きく見せたい相手もいません。
まわりは、外国からきた学生に、
ただただ優しく接してくれました。
持ち物は文字通り、スーツケースひとつ。
 
緑と川があって、地面も空も広い。
太陽は明るく、風は冷ややか。
 
 
あの時の感覚は、いまでも僕の体の中に
はっきり残っています。
そして、こうして文章を書きながら、
ありありとあの瞬間に戻ることができます。
 
 
僕があの時、知ったことは、なんだろう。
それはきっと
いらないものをみんな手放したときに残るものは、
目の前のキラキラ輝く世界と、
希望だということだと思います。
 
そんなに怖がる必要はないよ、ということだと思います。