是枝監督のインタビューを見て。

是枝監督が、カンヌでパルムドールをとりました。すごくうれしい。

僕が是枝監督の作品をはじめて見たのは、随分最近です。海街diaryが上映される頃でした。

日本テレビで夜中に放映されている「映画天国」という番組で、「そして、父となる」をたまたま見たのが縁でした。

最初のCMが入る15分ごろまでに、「これはすごい」とうなり、見終わる頃には、是枝監督のファンになってしまいました。そのあとすぐ、劇場に「海街diary」を観に行ったのを覚えています。

 

今回カンヌを受賞されて、あちこちでインタビューを読みます。その中で日本が映画文化を失うことを憂える記事をいくつか読みました。

 

カンヌは、「芸術映画」の祭典です。

ちょっと極端な言い方をするなら、芸術とは、それを見る訓練をしない人にとっては、つまらないものです。新しさを解釈する準備ができていないと、どこを観ていいかすら、わかりません。(芸術であるということは、新しいものが生まれるということです)

是枝監督の映画はストーリーがあって面白いですが、普段カンヌやベルリンなどは、ストーリーがなくても、優れた映画ならば賞が取れるので、普段映画を見るときに「物語」を追っている人には、なぜその作品が賞を受賞するのか、全くわかりません。

でも、世界最初の映画が、SLを写しただけの映像だったことを思えば、映画にとってストーリーはなくてもいいものだとわかります。

ともかく、芸術性を評価する映画祭、カンヌ。

 

そういう「芸術映画」の賞を受賞したあとに、是枝監督は、「日本の映画文化の喪失」について語っています。

 

それは、東京国際映画祭をはじめ、日本の映画祭が、「映画」ではなくて「映画の周りで動いたお金の動き」を重く評価するからです。

 

一般論として、僕らは多く「お金で物事を判断する」ようになりましたが、その評価軸が「映画」にも当てはめられているというわけです。

映画の何をどう評価するのか、「映画のための、映画の評価軸」を「映画の中」に見つけられない。そこで「お金」という慣れ親しんだ、映画の外側にある評価軸を持ってきました。

 

評価軸がお金になることは、

悪いことではありません。

けれども、そればかりになるのは、問題があります。

 

「たった一つの評価軸しか持っていない」ことで、僕らの知性が不調になるからです。

(ブラック企業は、その際たるものです。)

 

例えば学校。学業という「かなり大きなたった一つの評価軸」があるせいで、学校という場は、自然と抑圧的になり、自由さがなく、

関わる人に「物事を観察し、自分にとってはよくわからないことに評価を下す前に、ていねいに理解を試み」ような、豊かな知的活動が失われることがあります。

 

カンヌのような映画祭は、いってみれば、「純粋科学」のようなものです。それが何の役に立つかはわからないけれど、新しい映画表現を生み出す場です。

そういう場があることで、

「進化」があったり、時代を読む、異常ともいえるほど「鋭敏な感性」が集まります。そこから映画が未来に続いていく。だから「お金祭」ではなく「映画祭」なのです。

 

そういう場を醸成するには、「批評の力」が必要です。芸術祭で必要な批評家の力はなんでしょう。「いい、悪い」と評価することではありません。また、それを主張し、意見を通すことでもありません。「まだ言葉が与えられていない、生まれたばかりの、それが何かわからないものに、新たに言葉を与え、この世界に存在する居場所を作ること」です(というか、それこそ批評です)

 

さて、ここまでは映画ですが、翻って自分です。

自分の仕事への評価基準を考えてみたときに、お金以外のどんな基準を持ち合わせているか。お金と効率。それ以外に何があるか。

映画だけでなく僕らの仕事でも、どんな基準をもつかで、自分の知性が活性化するかどうか、豊かな事業を生み出せるかどうかが決まるのは、変わりません。できれば、一見矛盾するような基準を、一度に持ちたい。考案のような矛盾を抱え続けることで、僕らはブレイクスルーを体験したり、成熟したりすることができます。

 

あだ、どんな評価基準を持つかということだけで、

将来の自分は、大きな影響を受けるでしょう。

自分なりの、目標のすり替え。

 

是枝監督が憂えることは、本来「豊かな」映画というものが「お金」にかなりの比重を置いた評価軸で判断されることで、貧しいものになってしまうということ(お金の軸もあっていいけど、他にもいろいろあっていい)

 

 

そしてそれは、映画とはまた違う、「ビジネス」に携わる僕たち自身にも突きつけられた課題なのだと思います。

 

ときに矛盾した、いくつの評価軸をもちながら、

いくつの物事を大切にしながら

人生を生きるのか。

 

是枝監督は「お金だけでは、喪失する」と僕らに語りかけているように思います。