会社の中の、心の問題。

今日は、僕たちが負っている心の問題の話しです。
 
 
19世紀、20世紀。
産業革命があって、
たくさんの公害がありました。
 
日本でも足尾銅山鉱毒事件なんかは、
教科書にもでてくる有名な話しです。
 
原因は、人の体によくない物質を、
そのまま排出していたからです。
病気になる毒を出したら、病気になる。自然が壊れる毒を出したら、自然が壊れる。
原因が分かればあまりにシンプルな理由でした。
 
けれども、その時は「まあ、大丈夫だろう」と思って、
問題が問題になるまで
「それが問題だ」と意識化することがありませんでした。
 
 
 
ホワイトカラーが増えて、
知的な仕事をする人が増えたことで、
心理的な病気が増えるようになりました。
 
それは、産業革命の頃に化学物質を流していても
それが悪いことと気づかなかったのと同じような問題だと考えています。 
公害のような問題という意味は、
過去の常識と現実があっていないという意味で、
気づけばシンプルなのですが、
「それが問題」と気づくまでは、
カバーが難しい問題でもあるということです。
 
 
では、鍵ははんでしょう。
それは、「抑圧しないこと」で、すこし行き過ぎた言葉をつかってもいいならば、「相手に敬意を払う、払い方を見失っている」ことです。
  
 
僕たちは、自尊感情を持っています。
いろいろな形で「特別な存在でいたい」と思うものです。
 
効率的に仕事をして「仕事ができる」と思われたい人。
みんなを鼓舞して、賑やかなチームの中心にいて「すごい」と思われたい人。
縁の下の力持ちで、人をケアして「やさしい人」と思われたい人。
専門性を高め、正確にデータを扱い、尊敬を集めたい人。
お金持ちになって、地位を得て、すごいといわれたい人。
 
あるいは、病気や問題を起こすことで、特別になろうとする人もいます。
 
自尊感情を持つことは不思議ではありません。
けれども、今の会社の中では、それは抑圧されるのが普通です。
 
 
抑圧というと分かりにくかもしれませんが、
相手を決めつけ簡単に否定したり、
相手の考えを無視したり。
場合によっては(結構多いけれど)人を、自分の持ち物のように
想い通りに扱うこともあります。
もっと具体的にいえば、会議である人だけがしゃべりつづけるような出来事のことです。
それが瞬間瞬間降り積もり、考えや感情が鬱屈したら、
そこから苦しさがでてきます、
 
 
では、どうやって一緒に仕事をする人に、敬意を払うことができるのでしょう。
たぶん、みんなそれぞれの形で、人に敬意を持っていると思うのですが、敬意は心のありようの問題ではありません。感情ではありません。
それは「スキル」であり、身につけてはじめて意味を持つものでもあります。 
 
で、そのスキルの一つが、対話です。 
 
対話は、「相手の言葉をよく聞き、こちらの考えをていねいに話し、
対立点があれば、そこからよりよい第3案を生み出すようなコミュニケーション」です。
価値観や経験が違う(あるいは、マネージャーとスタッフでは見えている風景が違う。スタッフは自分が会社のことがよく見えていると想い、社長は自分が正しいと思う)相手の意見を抑圧することなく、表に出し、テーブルの上に載せて、扱うことができます。
 
 
勘違いしてほしくないのは、相手の意見を受容するのではないということです。
こちらの意見と、相手の意見がある。
それを無視も否定もまずしないで、テーブルにあげます。
こうしたときに、
現実としてお互い自立したコミュニケーションがとれます。
 
 
いいマネジメントの方法に、僕たちの多くが興味を持っているのは、どこかで権力者の振る舞いが抑圧を生み、生産性も人間的に大切ななにかにも、
それがマイナスに働いていると気づくからでしょう。
もちろんいまは、特徴的な会社の、特徴的な打ち手ばかりがクローズアップされていますが、
その本質を見れば、お金はかからないし、すぐに対応できるシンプルな解決策があるのだと思っています。 

 

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