面倒という気持ちを、消してみた

いま、久しぶりに掃除が楽しくて仕方がありません。
とくに楽しいのが、拭き掃除です。
拭き掃除は、掃除の中でも、かなり楽しい部類に入ると感じます。やると、本当に気持ちがいい。気づいてよかった。
 
 
大学生になり、一人暮らしをはじめた頃の話しです。
もうとてもとても昔。
その頃好きだったのが、キレイに掃除して整った部屋で、
好きな音楽を聴き、コーヒーや日本茶を煎れて飲むことでした。
 
ささやかですが、ほっと一息できます。
 
 
ただ、掃除を面倒くさいと思うこともありました。
つかれていたりして、気が乗りません。
 
そうして僕は、
「掃除をすれば、そのあととても気持ちのいい
時間を過ごすことができる」と知っているのに、
「やらない自分がいる」ことにに気づきました。
 
  
2人の自分がいるのですが、
「やったほうがいいのに、やらない」のは、
僕の人間性が低いからだと思ったんです。
 
やらない理由は、僕の意識。考え方。
僕の中にしか原因はありません。
 
 
それから、掃除をしたいと思ったらすぐに、
掃除をはじめることにしました。
「面倒だ」と思わなければ、
そういう言葉をつかわなければ、
ただ動くだけです。
やりさえすれば、だんだん部屋は片付いて、
やっぱりやってよかったと思う。

 
そうして掃除をしているうちに、
掃除が全然、面倒ではなくなってしまいました。
ほんと、そういう気持ちは消えちゃった。 
 
 
目の前のことに、自分にとって不都合な解釈を
あたえると、
自分がその言葉に巻き込まれ、考えと行動を
強く制約することになる。
僕は多分、そのときそう気づいたのだと思います。
 
 
 
あなたは、仕事にどんな解釈をあたえていますか?
たのしい?つまらない?うれしい?やりがい?仕方ない?
 
それがどんな解釈でも、
どれもない方がいい仕事ができたりして。
 
 
言葉の話しでした。