カサヴェテスの映画より

僕は映画が好きです。
 
ジョン・カサヴェテス監督は、お気に入りの監督のひとりです。
「グロリア」は、シャロンストーンでリメイクされましたし、
ヒットした映画「レオン」の元ネタでもあります。
監督名としてはあまり知られていないんですが、
天才のひとりです。
 
 
たしか彼の映画「フェイシズ」だったと思うのですが、
映画の冒頭で、
老婆と赤ん坊の写真パネルを二枚並べて、

「老婆の慈悲深い顔と、
 赤ん坊の残酷な顔」

というような表現をしていました。
 
 
ものごとの良し悪しを知らず、素朴で、
何の痛みも知らない赤ん坊(かなりかわいい)の顔を
「無慈悲」と表現しました。

それに対して、
人生で喜びや悲しみ、
孤独や
人間の知性の高さと愚かさを知る
老婆の顔を(かなりしわくちゃ)、
「慈悲深い」と言いました。

老いることは、
喪失というよりも、獲得なのだということを
エッジの効いた表現で伝えていて、
いまでもその映像は、頭の中に鮮烈に残っています。
 
 
 
さて、カサヴェテスの作品の特長は、
「テレビの画面の外側に世界があること」を
いつでも示唆していることです。
登場人物の体が画面の外にいつでも切れていて、
画面の外に向かって話しかけます。
 
  
それは、(たとえば)スタンリー・キューブリック監督とは
真逆。
キューブリックは、
 「画面の中を、シンメトリーに美しく構成する」作家)
 
 
お正月に、久しぶりに見てみようかなと、
思いました。