インスピレーション・レベルの仕事

仕事おには、インスピレーション・レベルの仕事があります。
その仕事を見ているだけで、「すごいな、いいな」と思い、
何か発想が湧いてきそうになる仕事です。
 
 
以前福岡へ旅行したとき、
友人に勧められて、
小さなコーヒー店訪れました。
 
ベストを着た老齢の店主が切り盛りするお店で、
その方が淹れるコーヒーが絶品だと聞いたのです。
 
カウンターに座り、
僕はコーヒーを注文しました。
 
そしてその後。
マスターがコーヒーをつくる姿が
とても素敵で印象に残りました。
  
   
缶から粉をだしサイフォンへ移す姿も、
湯を火にかける姿も、
できあがったコーヒーをカップへ注ぐ姿も、
 
こんな言葉は平易で使いたくないけど、
「うつくしいな」と思ったのです。
 
動きはすべて弧を描き、
通るべきところを通っているように思えました。
本当に、うつくしい。ふぅ。
 
こういう経験をした時、
僕はいつも思うことがあります。
  
 
仕事には、どれもレベルがある。
 
  
日々出会う様々な仕事の中には、
不平不満を感じたくなるような
拙い(つたない)仕事もあります。
 
逆に、とても満足できる仕事もあります。
 
 
大抵の仕事は「普通のレベル」で、
気にとまることも、記憶に残ることなく、
すぐにどこかへ消えていくことが多いでしょうか。
  
 
そして時に、コーヒー店で僕が経験したような、
とても見事で、
その仕事を見ているだけで
インスピレーションが湧いてくるような
すっばらしい仕事に出会うこともあります。
 
 
インスピレーション・レベルの仕事です。
 
 
この差は一体なんでしょう。
一体どこから、生まれるのでしょう。
 
 
僕はその差を生むものを、
「こころくばり」と「慈しみ」言葉にしておきました。
 
 
仕事と向き合い、
どれだけ微細なこころくばりを積み重ねられるか。
その量や、
その時間の長さの差が、仕事に違いを作ります。
 
長い歴史は不要だけれど、
意識を向けた回数は、必ず必要。
iPhoneのインターフェースや動きを見てても、
どれほどの調整を積み重ねたか
ため息が出ます。
 
 
仕事のあちこちに心を配って
ちいさな、ちいさな調整をしていく。
すると、仕事は全体で調和していきます。
 
 
それから「慈しみ」。
珈琲店の店主は、僕とおしゃべりをしながらも、
 
コーヒーの道具を
慈しむように手入れしていました。
「この人は、自分の仕事を大切にしている」
そう感じたものです。
 
 
こころくばりをする。
そのためのスタンスが
「慈しみ」と思いました。
 
いい仕事に触れると嬉しいし、
自分もそういう仕事がしたいと思います。
何度も思い返す言葉になりました。
 

いらない荷物も大切な荷物も手放す

高校の頃、夏休みの期間に
オーストラリア、ブリスベン
ホームステイをしました。
 
8月のブリスベンは、冬。
とはいえ、あたたかい気候が気持ちよくて、
楽園のようでした。
 
 
家の庭にコアラがいたり、
道路をエリマキトカゲが横切ったり、
 
ホームステイの受け入れ先が
僕らに新しい経験をしてほしいと
乗馬やゴルフ、
小学校の日本語の先生をさせてくれたり。
自動車の運転を初めてしました。
 
 
僕はその時、
日本で自分は、とても狭い枠組みの中に
生きていたことに気づきました。
 
そして、その枠組みは外すことができて、
 
とりはずすと、
気持ち良く生きられることを知りました。
 
 
よく「必要な荷物といらない荷物」
といういいかたをします。
 
その表現に照らしていうなら、
あの時の僕は、いらないものだけでなくて、
大切なものだって1つもない状況を楽しんだの
だと思います。
 
 
英語でコミュニケートすること自体が楽しくて、
自分を大きく見せたい相手もいません。
まわりは、外国からきた学生に、
ただただ優しく接してくれました。
持ち物は文字通り、スーツケースひとつ。
 
緑と川があって、地面も空も広い。
太陽は明るく、風は冷ややか。
 
 
あの時の感覚は、いまでも僕の体の中に
はっきり残っています。
そして、こうして文章を書きながら、
ありありとあの瞬間に戻ることができます。
 
 
僕があの時、知ったことは、なんだろう。
それはきっと
いらないものをみんな手放したときに残るものは、
目の前のキラキラ輝く世界と、
希望だということだと思います。
 
そんなに怖がる必要はないよ、ということだと思います。

グルコンしたぞ。

久しぶりに、グループコンサルティングをしました。以前行ったのはいつか思い出せません。それくらい久しぶりです。
 
時間を確認しながら前に進めるはずが
一人一人、時間オーバーしてしまいました。
 
それで感じたのは、思った以上に、普段やっているコンサルティングの時間の長さが体に染み付いていることです。2時間ひと呼吸が、体に馴染んでいます。そして、仕事が自分を変えている実感は、とても嬉しく感じます。プロっぽい。
 
コンサルの最後には、予定していた
「スピリチュアルとビジネスの不思議な関係」
というトピックの話をしました。
 
時間が押してしまいましたから
短い時間でしたが、
スピリチュアルという言葉をあらためて定義し、
それとビジネスが
これからどう関わっていくのかという話をしました。
僕らは積極的にビジネスをかえていける時代を生きる幸運に預かっています。
 
神様の話は、話していておもしろいので、
短時間で消化不良だった分、
どこかで話したいなと思いました。
 
良心と知性。
新しいやり方を生み出す勇気と、クリエイティビティ。
きっと、それらが鍵です。

是枝監督のインタビューを見て。

是枝監督が、カンヌでパルムドールをとりました。すごくうれしい。

僕が是枝監督の作品をはじめて見たのは、随分最近です。海街diaryが上映される頃でした。

日本テレビで夜中に放映されている「映画天国」という番組で、「そして、父となる」をたまたま見たのが縁でした。

最初のCMが入る15分ごろまでに、「これはすごい」とうなり、見終わる頃には、是枝監督のファンになってしまいました。そのあとすぐ、劇場に「海街diary」を観に行ったのを覚えています。

 

今回カンヌを受賞されて、あちこちでインタビューを読みます。その中で日本が映画文化を失うことを憂える記事をいくつか読みました。

 

カンヌは、「芸術映画」の祭典です。

ちょっと極端な言い方をするなら、芸術とは、それを見る訓練をしない人にとっては、つまらないものです。新しさを解釈する準備ができていないと、どこを観ていいかすら、わかりません。(芸術であるということは、新しいものが生まれるということです)

是枝監督の映画はストーリーがあって面白いですが、普段カンヌやベルリンなどは、ストーリーがなくても、優れた映画ならば賞が取れるので、普段映画を見るときに「物語」を追っている人には、なぜその作品が賞を受賞するのか、全くわかりません。

でも、世界最初の映画が、SLを写しただけの映像だったことを思えば、映画にとってストーリーはなくてもいいものだとわかります。

ともかく、芸術性を評価する映画祭、カンヌ。

 

そういう「芸術映画」の賞を受賞したあとに、是枝監督は、「日本の映画文化の喪失」について語っています。

 

それは、東京国際映画祭をはじめ、日本の映画祭が、「映画」ではなくて「映画の周りで動いたお金の動き」を重く評価するからです。

 

一般論として、僕らは多く「お金で物事を判断する」ようになりましたが、その評価軸が「映画」にも当てはめられているというわけです。

映画の何をどう評価するのか、「映画のための、映画の評価軸」を「映画の中」に見つけられない。そこで「お金」という慣れ親しんだ、映画の外側にある評価軸を持ってきました。

 

評価軸がお金になることは、

悪いことではありません。

けれども、そればかりになるのは、問題があります。

 

「たった一つの評価軸しか持っていない」ことで、僕らの知性が不調になるからです。

(ブラック企業は、その際たるものです。)

 

例えば学校。学業という「かなり大きなたった一つの評価軸」があるせいで、学校という場は、自然と抑圧的になり、自由さがなく、

関わる人に「物事を観察し、自分にとってはよくわからないことに評価を下す前に、ていねいに理解を試み」ような、豊かな知的活動が失われることがあります。

 

カンヌのような映画祭は、いってみれば、「純粋科学」のようなものです。それが何の役に立つかはわからないけれど、新しい映画表現を生み出す場です。

そういう場があることで、

「進化」があったり、時代を読む、異常ともいえるほど「鋭敏な感性」が集まります。そこから映画が未来に続いていく。だから「お金祭」ではなく「映画祭」なのです。

 

そういう場を醸成するには、「批評の力」が必要です。芸術祭で必要な批評家の力はなんでしょう。「いい、悪い」と評価することではありません。また、それを主張し、意見を通すことでもありません。「まだ言葉が与えられていない、生まれたばかりの、それが何かわからないものに、新たに言葉を与え、この世界に存在する居場所を作ること」です(というか、それこそ批評です)

 

さて、ここまでは映画ですが、翻って自分です。

自分の仕事への評価基準を考えてみたときに、お金以外のどんな基準を持ち合わせているか。お金と効率。それ以外に何があるか。

映画だけでなく僕らの仕事でも、どんな基準をもつかで、自分の知性が活性化するかどうか、豊かな事業を生み出せるかどうかが決まるのは、変わりません。できれば、一見矛盾するような基準を、一度に持ちたい。考案のような矛盾を抱え続けることで、僕らはブレイクスルーを体験したり、成熟したりすることができます。

 

あだ、どんな評価基準を持つかということだけで、

将来の自分は、大きな影響を受けるでしょう。

自分なりの、目標のすり替え。

 

是枝監督が憂えることは、本来「豊かな」映画というものが「お金」にかなりの比重を置いた評価軸で判断されることで、貧しいものになってしまうということ(お金の軸もあっていいけど、他にもいろいろあっていい)

 

 

そしてそれは、映画とはまた違う、「ビジネス」に携わる僕たち自身にも突きつけられた課題なのだと思います。

 

ときに矛盾した、いくつの評価軸をもちながら、

いくつの物事を大切にしながら

人生を生きるのか。

 

是枝監督は「お金だけでは、喪失する」と僕らに語りかけているように思います。

30パーセント頭をよくする、シンプルな方法。

「ある出来事を、すでに起きたこととして想像すると、
将来起こることを推測する能力が、30パーセント向上する」
コロラド大学ナンシー・ペニントン
 
例えば使い方。
これから取り組むプロジェクトを、「どうしてこのプロジェクトが成功/失敗し『た』のか」と考えると、プロジェクトで考慮しなければいけない様々な要素を、スタート前に想定し対応策を考えることができる。」
 
おすすめは、失敗の予測。
無意識に失敗の予測を抑圧し、
おかしなポジティブになるのを避けることができる。
「一瞬で30パーセント頭が良くなる方法」(未刊)

女優 吉田日出子さん。

女優の吉田日出子さん。
 
いつも愛犬と一緒。
インターフォンを押さず
玄関をあけて「デコでーす」とやってくる。
 
とってもかわいらしい方で、
小柄な彼女が、
大きな大きな愛犬と歩いていると、
少女か少年のようです。
 
  
彼女は、本当の天才。
 
俳優座の養成学校では、
彼女の年の卒業公演は
日出子さんのために興行したといわれていますし、
他の女優さんからの評価をきいても
やはり格の違いを感じます。
 
 
そんな吉田日出子さんが
こんな本を書いていました。
 
▼「私の記憶が消えないうちに
  〜デコ 最後の上海バンスキング」
 http://amzn.to/2ivWb86
 
 
吉田日出子さんは、認知症にかかりました。
過去の記憶が失われ、
次の芝居のセリフが入らない。
 
2010年の上海バンスキングのときには、
セリフが入らないと、
とても苦労されたそうです。
(まわりの俳優さんたちが、劇中も様々サポートしたとか)
 
 
もちろん、積み上げてきたものが、
消えてなくなるわけではありません。
 
けれど、女優にとって記憶が失われることは
自分は自分であるという感覚の土台と、仕事の、
両方を失うことに繋がります。
 
 
素晴らしい演技をしてきたからこそ、
観客だった僕は、
とても強く寂しさを感じます。
 
 
 
形あるものは、いつでも無に帰すし、
祇園精舎の鐘は、
どこまでも鳴り響いていています。
 
 
僕らは、いまやっていることが、
未来にどんな意味を持つのか、わかりません。
 
僕らは希望を食べて生きているのだから、
それはある意味、とてもこわいことかもしれない。
    
けれど、、、同時に、
肌触りとして確かなこともあると思います。
 
 
いま仕事に全力で取り組む。
それだけでなくて、
吉田日出子さんがそうであったように
目の前にいる人たちを、笑顔にする。
それが、いまこの瞬間の僕たちを満たしてくれ、
運が良ければ、
大切な誰かの記憶に残ることに、つながっていく。
 
 
 
2006年、
父が鶴屋南北賞を受賞したその受賞パーティで、
吉田日出子さんは二曲、アカペラで歌をうたいました。
 
 
予定になかったけれど、
会場の皆におされ、
照れながら壇上に上がった彼女が歌おうとしたその瞬間、
まるで世界が変わったように
その場の空気が変化しました。
 
 
「林檎の木の下で、
    あしたまた会いましょう」
 
 
目をつぶると、
いまもあの時の歌声が聞こえてきます。
 
 
あなたは今日、誰を笑顔にしますか?

 
  

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傾聴のコツ。

僕は、クライアントさんとお会いして
対話をしながら、
その会社がよくなる突破口を見つける仕事をしてきました。
 
 
20年ちかくこの仕事をしていて、
すくなく見積もって
1日1件だけ仕事をしたとして、
10年だけそれを続けてきたとしても、
2400件くらい対話を経験してきたことになります。
(倍くらいありそうだけど)
 
 
それでいつの間にか、
それに習熟していたようです。
 
 
「どうしたら、こんな風に聞けますか?」
少し前から、対話の仕方、
特にはなしを聞く聴き方について
尋ねられることが増えてきました。
 
 
聞かれて初めて棚卸ししてみたのですが、
もちろん、
技術的に意識していることが、いくつかありました。
 
 
セリフやスキルとかもいろいろありますが、
例えば、できるだけ、「ていねいに」聞くことです。
決めつけないで、「自分は、わからない」
というところから、理解をしたいと思うこと。
 
 
それから、情報はもちろんですが、
話し方や、
メロディ、音も意識して聞きます。
 
 
そのひとの大切にしていることや
決定的な誤解は、
「はなす内容」と「はなし方」で伝わるからです。
  
  
 
で、いろいろ棚卸ししながら、
ひとつ、自分がとても大切にしていることが
あると気づきました。
 
 
それは、
すこしかっこいい言い方をするなら、
「相手の意図を、信じる」ことです。
 
 
いろいろな状況のクライアントさんがいて、
色々な段階の、
色々な課題を抱えています。
 
それがどんな状況で、
その人がどんな言葉を使っても、
(ときに悪びれることも
 カッコつけちゃうこともあります)
 
その人は、
「誰かのために、仕事をしようとしてる」
「よくなろうとしてる」
肯定的な意図を持っています。
 
(言葉になっていないことが、まだまだたくさんあります)
 
 
で、クライアントさんの
肯定的な意図を信じることができて、
それが相手に伝わると、
 
むずかしい技術の多くは不要になると感じます。
なんというか、
場が生まれ、
場の中から、大切なアイデアが生まれてくる感覚です。
 
 
もちろん、専門知識や、
仕事の中で生みだしてきた知恵は
土台になっているはずです。
でも、僕としては、自分以外の何かが
あと押ししてくれるような感覚。
 
 
仕事のとき、
家族やともだちと向きあうとき、
 
じぶんの内側にはいりこんで
次に話すことに照準を合わせがちですが、
 
相手にやさしい気持ちを向けてみると
何かが「コリっ」と音を立てて変わります。
それはとてもたのしい体験でもあります。
 
それぞれの仕事に、
こういうコツみたいなものがあるのだろうなと
思いました。世界は豊かですね。 
 
 
 

 

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